はばねろちゃん がんばる絵日記!

意味もなくがんばります

子供の教育問題 おたくな大人を作り出さないために

 

f:id:habanerochan:20180329224401j:plain

 

 

 「自分はおたくじゃねえし」と思っていても、実際自分の周りの人からすれば自分は正真正銘のおたくだという悲しい現実。本人的には趣味が嵩じすぎて興味の範囲は多岐に渡り、アニメや漫画ばかりに興味があるわけではない、アニメ好きだが、たとえば冬アニメが50シリーズあるうち私の視聴に耐える作品は数本あるかないかだ。「3月のライオン」と「ポプテピピック」ぐらいだ。この2本を両極端としてあと数本妻につきあってつまみ食い的に観るくらい。週間少年ジャンプは「トマトイプーのリコピン」は読むが「ワンピース」は読み飛ばす。小説も以前はSFや大衆もの(池井戸潤東野圭吾など)ばかりだったが、現在は昭和の文芸物ばかり。

 

togetter.com

 

 コミケに殺到するあいつらと一緒にするなと思っていても病院の奴らは「年末はビックサイトですか?」などと茶化す。イライラする。が、内心行ってみたい気がする。「げんしけん」の初期シリーズのコミケのシーンは印象的だった。昔は行きて―と思ったが年をとると人混みに酔うことが多くなった。東京行くなら自分の車で行くほうがいい。東京はいつも大渋滞という印象であるが実際に行くと案外車の移動がスムーズにいく。それに年末年始に東京に行くのは案外いいことかもしれない。帰省ラッシュと反対方向に車を進めることになる。ホテルが取れればコミケもいいかもしれない。冬は寒いから夏コミはどうだろう。今年は考えよう。

 

 

げんしけん コミック 1-21巻セット (アフタヌーンKC)

げんしけん コミック 1-21巻セット (アフタヌーンKC)

 

 

 

 話が脱線した。娘を連れて「劇場版魔法少女まどかマギガ」や「君の名は。」を見にいくぐらいおたく文化に理解のある私である。子供たちのためにも情操教育は必要だ。子供には偏見を持たずに育ってもらいたいものだ。こう思うのは、自分の子供時代がサブカルチャー文化に対して全く理解がない両親と兄の存在があるからである。現在は高齢である両親も当然ながら私が子供の時は若かった。田舎育ちが功を奏したか、映画や漫画、歌謡曲に至るまで全く理解しようとしない存在。映画に出てくるシーンを現代の日本の問題に必ずつなげて考えて披瀝する。うざい。うざすぎる。なぜに「となりのトトロ」に現代日本の問題をつなげて考えられるのか。考えるなら同時上映の「火垂るの墓」だろ、常識に考えて。

 

火垂るの墓 [Blu-ray]

火垂るの墓 [Blu-ray]

 

 

 兄は両親の内なる意識や感受性を体現したような人だった。自分の価値観を他人に強制してくるひどいやつだ。漫画やアニメはバカの見るもの、歌謡曲なんてだめ、ロックなんてとんでもない。聞くのはクラシックだけ。どこの昭和生まれのじじばばか?という感じの性格に子供の頃から辟易していた(実際昭和生まれ)。多分自分では思考することをやめた、他者の意見に忠実に従うのが処世術とする人なのだろう。難しい言葉を使ったが要するに嫌いだということ。まあ現在は仲はいいが。

 

 こんな風に抑圧されると解放された時が非常に怖い。高校になると兄は県外に行ってしまい、両親も兄がいない中、価値観を直接強制するような行動を取ることはなくなった。それからは完全無視である。漫画やアニメを、それ以前の思い出を取り戻すかのように鑑賞漬けになったのは言うまでもない。その頃に手に入れたビデオデッキがオタ生活(そのころおたくという言葉は生まれたばかり)に拍車をかけた。その頃劇場版アニメのノーカット版(恐るべきことに、ダイジェスト版という名前で2時間のアニメを1時間にカットして販売していた)のセルビデオがようやく出てきたばっかりで借りてきてダビングして勉強しながら環境ビデオ的に流している生活が始まる。今考えるとその時間があったらいろんなことができただろうにアニメや漫画などに時間を使った自分に「お前はバカか?」と言いたくなる。ほんとバカ。過去には戻れない。

 

 翻って自分の娘の教育について。アニメや漫画が好きな両親に育てられた娘たちがアニメや漫画好きなのは当然である。両親の見ているジャンルの影響からかあまりメジャーな分野の作品を見ることはない。斜に構えたカルト的な作品のほうが自分らしい。「ワンピース」よりも「銀魂」、「鋼の錬金術師」よりも「天体戦士サンレッド」である。偏りは甚だしいがあくまでも興味の一分野としてうまく付き合っているという感じである。娘の友達が見るアニメや漫画と全く違う分野ばかりを見るために話がかみ合わないらしい。しかしそれはそれでどうとも思っていないようだ。そうだ。人と違うことは悪いことではない。むしろ誇れ。

 

 

 

 

 これほどアニメおたくになる要素がいっぱい詰まっている家庭環境であるにもかかわらず、私の娘たちは奇妙なことにアニメ、漫画、ゲーム一直線にはならなかった。BLなんて何?て感じ。高校に入る前に一応卒業のような感じになった。一皮むけたというか、1段階ランクアップしたというか、一般的な普通の女子高生に育ち、普通の小説や映画、特に勉強に集中して取り組むようになった。両親がまだまだアニメや漫画に執着しているのに、である。親が反面教師になったのか、それともまた違う理由があるのか。多分こういう理由かなーていう答えはつきとめている。

 

 過度に制限をしなかったからか、子供たちにとってはアニメや漫画、ゲームの存在はもうお腹いっぱいになったのだろう。毎日中華ばっかり食べていれば今度はフランス料理や日本食が食べたくなる。中華料理にはいつでも帰ってこれる。もしも中華料理は脂っこいから食べるの禁止なんてやらかしたら、大人になってから中華料理に固執してしまう。食生活だけではない、嗜好物全般についてもそうだ。

 また、欲しい時にタイムリーに与えたために興味が持続することがなかったのかもしれない。ニンテンドーDSが出た時にはタイムリーに与え、iPhoneなども早めに与えた。すると飽きるのも早い。持つということで一応満足してしまうのだろう。

 

togetter.com

 子供達は、満ち足りると次を求めて何かを探し出す。子供が希望することを無理にやめさせるような方法はいただけない。ゲーム禁止、アニメや漫画禁止。もしも子供の将来のことを考えてあえて禁止をしているならばそれも良しとしよう。それがもしも自分の狭い価値観を子供に強要するためだけに禁止しているならばそれはクソだ。単におたくモンスターを作り出すだけなのだから。